

| 福岡県内 |
佐賀県内 |
非常勤専門学校講師 |
| 大学野球部 |
2チーム |
高校野球部 |
1校 |
福岡医健専門学校 |
| 社会人軟式野球 |
1チーム |
熊本県内 |
九州総合スポーツカレッジ |
| 高校野球部 |
2校 |
高校野球部 |
1校 |
パーソナルトレーナー |
| 中学軟式野球 |
2チーム |
大分県内 |
スーポツクラブ サンテ飯倉 |
| 中学硬式野球 |
4チーム |
社会人硬式野球 |
1チーム |
アメリカンジム |
| 小学軟式野球部 |
2チーム |
鹿児島県内 |
現役プロ野球選手 |
| 小学校ソフトボール |
1チーム |
軟式中学野球 |
5チーム |
日本トレーニング指導者協会 |
|
|
高校野球部 |
2校 |
九州・沖縄支部スタッフ |

現在まで、現役プロ野球選手の専属指導から数々の野球トレーニングまで多くのスポーツ・多くの一般の方のトレーニングに携わり、色々な経験をしてきました。
その中で私が感じる事は、『基礎体力』の弱さです。
基礎体力と言っても、力がある・飛距離がある・足が速い・持久力があるといった事ではなく、いかに順応できるか・動きがスムーズであるか・効率がよいかをテーマにトレーニング指導を行ないます。
日本では、スポーツ経験の一生涯同じ競技を行なう事が多いですが、アメリカでは一貫して同じスポーツをする事はほとんどありません。色んな競技をする事により、可能性を探し求める・動きを身につける事ができます。
一貫したスポーツをする事は悪い事ではありません。専門家から様々な正しいトレーニング指導を受ける事により、もっと色々な動きを身につけ、より効率的にトレーニングを行なえば、素晴らしいアスリートになれる事をお約束します。
アスリートだけではなく、スポーツをしていない一般の方の運動指導も行なえますので、気軽にご相談下さい。


大分工業高校時代の甲子園出場はならなかったが、3年夏の大分県大会でベスト8入りを果たした。卒業後は三菱自動車川崎(現・三菱ふそう川崎)に入社したが、その後郷里の大分に戻り、大分硬式野球倶楽部(現・新日鐵大分硬式野球同好会)で野球を続けた。
右足を高く上げて始動するフォームから、140km/hを超える速球と「まともに打たれたことはない」と豪語するほどの切れを誇るスライダーを投げ下ろした。年を追って制球力も安定し、大分硬式野球倶楽部の左腕エースとして活躍した。自チームでの都市対抗野球大会出場は叶わなかったが、1999年と2000年には三菱重工長崎の補強選手として出場し、それぞれ準優勝、ベスト8に貢献した。
2000年のドラフト8位で横浜ベイスターズに指名され、29歳・妻子連れでの入団を決めた。29歳4ヶ月でのドラフト指名は市村則紀(30歳5ヶ月)に続く高齢入団として話題となった。
8位指名ながらも即戦力として期待され、中継ぎ・ワンポイントリリーフとして多く起用された。また、プロ入りの際に左打者対策としてスリークオータにしたのも吉と出た。1年目の2001年には53試合、翌2002年も44試合に登板した。
しかし2003年は監督交代に自身の怪我も重なって登板数が激減し(14試合)、同年オフに金銭トレードで阪神タイガースに移籍した。翌2004年は一軍昇格目前でまたも故障し、再度の一軍登板を果たせぬまま戦力外通告を受けた。
2006年から横浜のスカウト(九州担当)を務めたが、球団の常駐スカウトを置かないという方針転換を受けて2007年オフに退団。


現在までサッカーを中心にいろんなスポーツ選手や一般の方のトレーニングに携わり、感じる事がありました。
それは『継続は力なり』です。
人は身体的な機能や能力を使い鍛えれば鍛えるほど、その多様性や可能性を向上させる事ができ、逆に使わなければ本来の機能や能力さえ発揮できないまま、加齢とともに衰退します。これはスポーツ選手だけではなく、全ての人に当てはまる事だと思います。
パフォーマンス向上、健康増進などを目的とした体力向上はもちろんの事、これらを『維持』していく事が重要だと思います。
私はその多様性・可能性に向けて、いかに効率よくスムーズにかつ楽しく、そして最小限に怪我を食い止め(障害予防)・最大限に効果(パフォーマンス)を発揮できるかをテーマにしてトレーニング指導を行います。
『心・技・体』とありますが、技(パフォーマンス)は心と体がバランスを保つとうまく中心に収まります。
心と体を磨いていきながら、最高の技を獲得できるようサポートいたします。